戦前の新聞コラム「機械的に観た一万トン巡洋艦」(妙高型重巡洋艦)

平賀アーカイブで見つけた記事の紹介です。写真を張り付けるだけなのも味気ないので、一応本文を書き起こしました。
現代風の言い回しにして書き直したほうが良かったかもしれません。一文が長くて読みにくいですね。

 


原文

機械的に観た一万トン巡洋艦

昭和五年二月二十四日付 東京日日新聞

海軍艦政本部長、海軍中将 小林躋造

大型艦の今昔観

最近ロンドンの軍縮会議で難関の一つとなっているのは、大型艦巡洋艦の各国の持ち前についてである。

この難関になっている大型艦巡洋艦機械的に観察すればどのようなものであろうか。

一万トンあるいはそれ以上の排水量を持った巡洋艦は沢山あったが、この巡洋艦はむしろ小型の主力艦ともいうべきもので、武装防禦共に他の小型巡洋艦をしのぎ、ただ速力がこれに近いというので艦種別に並べた場合、巡洋艦として取り扱われていたのである。

然るに、ロンドン会議の結果、世界五大海軍国の主力艦制限が行われ、各国の主力艦の持ち前が条約で規定されると同時に、一万トン以上の艦は主力艦とみなすことになったので、各国ともに制限された主力艦の中に入らず、どこまでも巡洋艦でしかも主力艦に近い武力を持った艦を作ることに苦心し始めた結果、近代の大型巡洋艦が生まれ、しかもその性能恐るべきものがあるので自ずから軍縮会議で喧しい問題の種となっているのである。

昔の一万トン巡洋艦と言えば速力僅かに二十二三ノット、馬力にして一万数千馬力にしか過ぎなかったものが現今の大型巡洋艦では速力三十五ノット十三万馬力に達し、我が国の特急列車よりも1時間に六ノットも早い速力を持つものとなり、大砲の如きも昔の大型巡洋艦は八インチ砲四門、これに六インチ砲若干を備えるに止まっていたものが、新艦では八インチ砲十門四•七インチ砲数門を備えるに至って、その砲熕威力は昔の四倍に達している。又防御力の点でも水線甲板は昔の方が厚いけれども、内部の防御区画が著しく改善された結果、実際においてやはり新艦の方が丈夫になっている。

エンジニヤリングの影響

斯くの如く同じ排水量巡洋艦でも、昔のものと新式のものとでは武力、速力、防禦力等総ての点において格段の相違を示すに至ったのは全くエンジニヤリングの発達のお蔭に外ならない。

例えば昔の巡洋艦の汽鑵重量一トンについて五十馬力位にしか発生出来なかったものが、今日では同じく汽鑵重量一トンについて二百三十五馬力を発生し得るに至り、主機械においても十年前には、重量一トンにつき六十馬力内外であったが今日では三百馬力以上を発生し得る、斯く同じ重量で大馬力を出し得る結果として著しい速力の増加を示すに至った。

大砲の装備法も十年前に比較すると、非常に革新されて昔はとても一万トンの艦に八インチ砲を十門も搭載するなどとは考え及ばなかったものが、今日では内部機構の改良と一面製鋼法の発達のため軽くて丈夫な金属が容易に得られるようになった賜物として、前述の如く八インチ砲十門搭載も立派に実現しているのである。

それのみではなく、新大型巡洋艦には飛行機数台、及びその発射台二台さえ搭載されるに至った。

水線甲板が昔より薄いにも拘らず防禦力が却って強くなったということも、艦内部の構造のうまく出来る勢いもあるが、半ばは治金学の進歩によって薄くても抵抗力の強い甲板が出来るに至ったからである。

更に驚くべきことは昔の一万トン巡洋艦といへば航続距離僅かに四千マイル内外であったものが、今日では優に一万二千マイルに達している事実である。これは艦の排水量をいひ現す方法がワシントン会議の前後で変わっているからでもあるが、主に燃料に重油を専用するに至った賜物であることは疑いない。

艦内における電気の利用

近代の大型巡洋艦で最も目立つ現象は、艦内における電気の利用が著しくその範囲を広めたことである。艦自体は蒸気機関によって推進されているが、大砲の操作でも水雷発射管の取扱でも或は艦内外の通信でも、すべて電気を利用している。従って艦内にある発電機の力量も十年前に比較すると九倍に上り、新大型巡洋艦内に敷設されてある電線を単心に直して計算すれば約一万マイルに到達するといわれているのである。

吾国の誇り

斯の如き驚くべき製艦技術の発達は、全く科学、殊にエンジニヤリングの進歩によって得られたもので、今もしこれを逆にいへば、戦闘の種々な要求に応ずるため、科学的機械学的研究が促進されたといひ得よう。しかしてその余沢が直接間接に一般工業に及ぼした影響も決して少なくはないと思うのである。

いささか手前味噌のようであるが吾国の新大型巡洋艦は外国のものに比べ、速力、武力、防禦等あらゆる点において敢えて劣ってはいないのである。

吾国の製艦術がよく世界列強と伍して遜色を見ぬまでの長足の進歩を遂げたのは、計画者に優秀な人物を有し、製造技術家に適才あることを意味するもので、これは誠に国家のため慶賀に堪えぬことといはねばならぬ。

なほ壱萬トン巡洋艦艦の製艦費は約二千八百萬圓であるが、この中外國品を使ふのは金高にして僅七十一萬圓に過ぎず、その他はすべて内地品であることを思ふとき、かくの如き優良品の生産を可能ならしめた吾国工業界の諸先輩に向かって深い感謝の念を禁じえないのである。

写真

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